東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)52号 判決 1970年5月27日
原告 奥村一正
第一〇号事件被告 内閣総理大臣
第五二号事件被告 総理府恩給局長
訴訟代理人 横山茂晴 外三名
主文
原告の被告総理府恩給局長に対する訴えを却下する。
原告の被告内閣総理大臣に対する請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の申立て
(原告)
「被告総理府恩給局長が原告に対し昭和三七年九月二七日付でした傷病恩給請求棄却裁定を取り消す。被告内閣総理大臣が原告に対し昭和四一年一〇月二七日付でした審査請求棄却裁決を取り消す。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決。
(被告総理府恩給局長)
主文第一、第三項と同旨の判決。該請求にして理由がないときは「原告の同被告に対する請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。
(被告内閣総理大臣)
主文第二、第三項と同旨の判決。
第二原告の主張
(請求の原因)
原告は、昭和一九年二月五日武山海兵団に入団し、昭和二〇年九月一日退役したもと海軍二等整備兵曹であるが、昭和一九年一〇月二六日公務のため肺結核にかかり、その後右膿胸を併発し、野比海軍病院、同上諏訪分院、諏訪赤十字病院、国立久里浜病院、国立戸塚病院等において加療し、その間昭和二二年五月から昭和二四年二月までの間六回にわたり胸廓成形手術を受け、廃疾となるにいたつたので、昭和三四年二月一〇日付で被告総理府恩給局長に対し傷病恩給の請求をしたところ、同被告は、昭和三七年九月二七日付で、原告の疾病が公務に起因するものではないとの理由によつて、その請求を棄却する旨の裁定をなし、また、被告内閣総理大臣は、昭和四一年一〇月二七日付で、被告恩給局長の異議棄却決定に対する原告の審査請求を右と同様の理由で棄却し、該裁決書は、同年一一月九日原告に送達された。
しかし、右裁定および裁決は、次に述べる理由によつて違法である。すなわち、原告は、入団当時は身体に何らの故障もなかつたのであるが、鹿屋、横須賀の各航空隊において掩台壕堀作業、トンネル堀作業などの苛酷な軍務に服務しているうち肺結核に感染し、さらに、暴風雨下の作業に全身ずぶぬれとなつて従事したため、その直後発病するにいたつたものであるから、原告の疾病は、前叙のとおり公務に起因するものであり、右裁定および裁決は、事実を誤認したか法律の適用を誤つたものというべきである。
(被告恩給局長の本案前の抗弁に対する反論)
本件裁定に係る原告の被告内閣総理大臣に対する審査請求が恩給法一四条一項但書所定六か月の審査請求期間経過後になされたことは争わないが、もともと、被告恩給局長は、行政不服審査法四七条五項の規定に違反して、前記異議決定書において審査請求期間を教示せず、かえつて、先の裁定書には、「裁定その他の行政処分によつてこの恩給に関する権利を侵害されたとする者は、その処分のあつたことを知つた日の翌日から一年以内に総理府恩給局長に異議の申立てをしてその決定を求めることができます。」との記載があつたので、原告としては、審査請求についてもその期間は一年であると誤信し、前叙のごとく法定の審査請求期間を徒過したのであるから、該期間の徒過は、まさに、行政不服審査法一四条一項但書にいう「やむをえない理由」があるときに該当するものというべきである。また、仮りに然らずとしても、前叙のごとく被告内閣総理大臣は本件審査請求について実質的な判断を下したのであるから、右期間徒過の瑕疵は、これによつて治癒されたものというべきである。それ故、被告恩給局長の本案前の抗弁は、その理由がない。
第三被告らの主張
(被告恩給局長の本案前の抗弁)
原告は、被告恩給局長に対して昭和三八年八月一七日異議の申立てをなし、同年一一月一六日付でその申立てが棄却され、そのころ該棄却決定書の送達を受けたのであるから、昭和三九年九月一日にいたり被告内閣総理大臣に対して申し立てた審査請求は、恩給法一四条一項但書所定六か月の期間をはるかに徒過した不適法なものというべきである。もつとも、同被告は、原告主張のごとく、右審査請求につき、恩給審査会に諮問したうえで、実質的な判断を行なつたとはいえ、これは、本来審議すべからざるものを審議したにとどまり、それによつて、右期間徒過の瑕疵が治癒されるわけではない。したがつて、被告恩給局長に対する本件訴えは、恩給法一五条ノ二所定の審査裁決を経ないで提起された不適法なものとして却下すべきである。
(被告内閣総理大臣の主張)
原告の被告内閣総理大臣に対する請求は、その請求の原因として主張するところが、原処分たる被告恩給局長のした裁定の違法をいうにとどまり、右訴えにおいて取消しを求める被告内閣総理大臣の裁決の固有の瑕疵を攻撃するものではないから、主張自体理由がないというべきである。
(請求原因に対する被告らの答弁)
原告主張の請求原因事実中、原告の疾病が公務に起因することは否認するが、その余の事実はすべて認める。
第四証拠関係<省略>
理由
一、まず、被告恩給局長に対する訴えの適否について判断するのに、右訴えは、次に説示するいずれの理由によつても、不適法として却下を免かれない。すなわち、
(1) 原告の被告恩給局長に対する訴えは、昭和四二年四月一一日提起されたものであること記録上明らかであるが、訴えの対象たる裁定に係る審査裁決書が原告に送達されたのは、昭和四一年一一月九日であること原告の自認するところであるから、行訴法一四条一項所定三か月の出訴期間を徒過したものである点において、不適法であるといわなければならない。
(2) 成立に争いのない乙第五号証の一、二によれば、本件裁定に係る被告恩給局長の異議棄却決定が原告に送達されたのは、昭和三八年一一月二九日であるところ、右異議棄却決定に対し原告が恩給法一四条一項但書所定六か月の審査請求期間経過後にいたり被告内閣総理大臣に審査の請求をしたこと、同被告が右審査請求について実質的審査をしたうえで請求棄却の裁決を下したことは、いずれも、当事者間に争いがない。
しかして、本件裁定は、行政不服審査法の施行された昭和三七年一〇月一日以前に行なわれたものではあるが、同法附則三項の規定によつて、これに係る審査請求については行政不服審査法が適用されるところ、同法一四条一項但書にいう審査請求期間徒過についての「やむをえない理由」とは、同条項がその事由として「天災その他」を例示していることからみても、また、同条項が審査請求期間徒過に対する行政救済につき右のごとき基準を定めたのは、とかく行政庁の恣意に流れる傾向のあつた旧訴願法八条三項の宥恕の制度を改め、その救済を可及的に画一化せんとする法意に出たものであることにかんがみても、審査請求人が審査の請求をするにつき通常用いられると期待される注意をもつてしても避けることのできない客観的な事由を意味するものと解するのが相当である。
いま、本件についてこれをみるのに、原告が審査請求期間を徒過したのは、その主張するごとく、被告恩給局長が異議の決定をするに際し、行政不服審査法四七条五項の規定に違反してその決定書に審査請求期間を教示しなかつたため、先に受領した裁定書に記載されていた一年の異議申立期間が審査請求の期間についてもそのまま妥当するものと誤信したことによるとしても、およそ、行政庁の不教示は、行政庁が誤つた教示をした場合と異なり、審査請求人に対し積極的に誤信の原因を与えるものではないから、行政庁が教示義務に違反して審査請求期間を教示しなかつたところから審査請求人が審査請求期間について誤信をしたとしても、それは、所詮、法の不知に基因するものというべきであるので、かかる場合を、行政庁が誤つた審査請求期間を教示したことにより審査請求人がその旨誤信した場合と同一に取り扱うことはできない。さらに、原告の被告恩給局長に提出した「再審査請求遅延申立書」と題する書面(乙第六号証の二)および当法廷における二回にわたる供述に徴しても、原告が審査請求期間を徒過したことにつき、通常用いられると期待される注意をもつてしても避けることのできない客観的な事由があつたものとは認め難い。
また、原告は、仮りに右審査請求期間の徒過が行政不服審査法一四条一項但書にいう「やむをえない理由」によるものでないとしても、前叙のごとく被告内閣総理大臣が原告の審査請求について実質的な判断を下したことは、単に念のための措置ではなくして期間徒過の瑕疵を問わない趣旨に出たものであるから、このことによつて右審査請求期間徒過の瑕疵は治癒された旨主張する。しかし、行政不服審査法一四条一項但書が、先に説示したごとく、審査請求期間の徒過に対する行政救済につき、行政庁の恣意によつて救済の二、三になることを避けてこれを可及的に画一化せんがため、「やむをえない理由」なる基準を定め、もつてこの点に関する行政庁の認定判断を司法統制に服せしめることとした法意に照らせば、同被告が行政不服審査法一四条一項但書にいう「やむをえない理由」なくして審査請求期間を徒過した原告の審査請求について実質的な判断を下したことは、本来審議すべからざることについて審議した違法な措置であつて、このことによつて不適法な原告の審査請求が適法となるわけではない。
されば、原告の被告恩給局長に対する訴えは、恩給法一五条ノ二所定の審査裁決を経ないで提起された不適法なものというべきである。
二、次に、被告内閣総理大臣に対する請求の当否について判断するのに、原告が右訴えにおいてその請求の原因として主張するところは、原処分たる被告恩給局長の裁定の違法をいうにとどまり、取消しを求める被告内閣総理大臣の審査裁決の固有の瑕疵を攻撃するものでないこと、その主張自体に徴して明らかであるから、行訴法一〇条二項の規定により、理由がないものとして、これを棄却することとする。
よつて、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡部吉隆 園部逸夫 渡辺昭)